グリル(grill)とは一般的には調理用の焼網そのものや、その焼網などを使って網目模様や焼き色をつけるように食材を焼いた調理方法のことを指します。クルマのことにさほど関心のない人には、グリルという言葉にそれ以外の意味はないかもしれません。

でもクルマに興味のある人間にとって、グリルといえば、焼き網よりもフロントグリルを思い浮かべるはずです。

クルマのフロントグリルとは、クルマを正面から見たときに、ヘッドライトとヘッドライトの間にある、メーカーエンブレムなどが装着された装飾パーツのこと。その形状がスリット状であったり、網をはりめぐらさせたような格子状のデザインであることからグリルという名前がついています。現代のクルマのフロントグリルからは焼き網のイメージはありませんが、初期の水冷エンジン車のグリルはまさに焼き網を大きくしたようなデザインをしていました。

そのグリルがクルマの前方(つまりフロント)にあるためフロントグリルと呼ばれます。またほぼ同じものを指してラジエターグリルなどと呼ぶ方もいます。その理由は、もともとはラジエターグリルとフロントグリルはほぼイコールだったからです。

昔のクルマは、真正面のヘッドライトとヘッドライトにはさまれた位置にラジエターがあるのが当たり前で、それを保護し、なおかつ走行風をラジエターに導くための通風孔がラジエター(フロント)グリルだったからです。

しかし、最近のクルマはフロントグリルの裏にラジエターが設置されているとは限りません。より効率的に走行風をラジエターに当てるため、バンパー部分の裏にラジエターがあるクルマも少なくないのです。

そのためフロントグリル=ラジエターグリルではないものも多くなっています。なので、デザイン的な装飾物としてクルマのフロントを飾るグリルがフロントグリル、そしてラジエターを保護する目的のバンパー開口部に設置されたグリルがラジエターグリルというのがおそらく正解なのでしょう。

しかし、現在ではクルマのグリルといえば、ほぼフロントグリルを指します。ラジエターグリルとして機能を持っていても、デザイン的な意味あいのほうが大きいのでフロントグリルと呼ぶほうが一般的です。

そんなフロントグリルは、一部車種をのぞいてパーツとしてはそれほど大きなものではありませんが、ヘッドライトと共にクルマのデザインを大きく左右するパーツでもあり、そのデザインによってクルマの表情が大きく変ります。

そのため、個性を演出するためにカスタマイズする人も少なくありません。また、かつてフロントグリルの有無によってクルマの売り上げが大きく左右したケースもありました。そんな小さいけれどクルマにとってとても重要なアイテムであるフロントグリルに関して、その役割や意味、グリルの重要性に関して紹介していきましょう。

デザインアイコンとしての
フロントグリル

フロントグリルの意味と役割に関して整理してみましょう。まずは前述しましたが、ラジエターを保護し、走行風を導くといった機能的な役割です。ラジエターはエンジン冷却してクルマがオーバーヒートするのを防ぐためにはなくてはならないもの。そのラジエターに風を導きつつ、飛び石などによる衝突を防いでいるわけです。

また、エアコン用の空気導入口としてもフロントグリルが用いられています。

そしてもう一つの役割がデザインのアクセントまたは、メーカーのアイコンです。メーカーのアイコンとして代表的なフロントグリルがBMWのキドニーグリルです。クルマにくわしくなくてもBMWのあの豚の鼻のような二つ並んだ四角のリング状グリルは見覚えがあるはずです。あれがキドニーグリルと呼ばれるものです。

キドニーとは肝臓を意味しており、あの形が肝臓のようなのでキドニーグリルと呼ばれています。1933年に登場した初のBMWの乗用車であるBMW303からすでにこのキドニーグリルが採用されており、それが現在まで続いています。豚の鼻のみたいだ、といった否定的な意見も一部では言われているようですが、ほかにはないBMWのアイデンティティであり、遠くからでも一目でBMWであることが判別できます。もはや世界中に認知されており、あのグリルを続けてきたことがブランドの確立に貢献したことは間違いがないでしょう。

同じようなものにはアウディのシングルフレームグリルや、レクサスのスピンドルグリルなどもあります。同じデザインのグリルを車種ラインナップに共通するデザインアイコンとして使用することで、ブランドの認知度を高めることを期待しているのだと思います。

ただし、BMWのキドニーグリルに比べるとこれらのグリルは歴史がまだまだ浅いためそれほど一般には認知が進んでいません。また、統一されたグリルを採用することで、クルマのデザイン自体に制約ができてしまうというリスクもあるので、アウディやレクサスがBMWのように何十年もシングルフレームグリルやスピンドルグリルを続けていくかどうかは分かりません。

しかし、地道に続けていかなくてはBMWのようなブランドを象徴するようなグリルにはなれないでしょう。

グリルレスにして失敗した
幻の高級車とは

(引用:Wikipedia

フロントグリルはクルマのデザインを大きく左右する重要なアイテムなのは間違いありません。しかし、かつて、このフロントグリルをなくしたことで不評を買い、不人気車のレッテルを貼られてしまったクルマもありました。その代表がバブル時代の1989年に日産から発売された高級セダン、インフィニティQ45です。

このQ45、本来はトヨタセルシオのライバルとなるはずでした。世界の高級車市場においてトヨタのセルシオ(レクサス)と共に日本車の存在感を強くアピールすることが期待されていたのです。

しかし、その個性的なデザインが足を引っ張りました。高級車なのにグリルのないのっぺりとしたデザインだったのです。それが高級車らしくないと捉えられてしまったのか、市場に受け入れられず、残念ながら登場直後には不人気車のとなってしまいました。

クーペやスポーツカーなど、低いボンネットが求められるクルマは別(デザイン的に装着が難しいので)として、ゴージャスなイメージやどっしりとした安定感が求められる高級セダンにグリルレスデザインはマッチしなかったのでしょう。むしろ豪華なメッキのグリルのほうが求められていたのですね。

全体のフォルムや4.5リッターV8エンジンによるパワフルな走りこそ評価されたのですが、結局1993年のマイナーチェンジの際にはグリルレスを廃止、基本デザインはそのままに立派なグリルが与えられました。しかし時すでに遅く人気の回復に繋がることはありませんでした。

結局1997年までは国内販売が続けられましたがその後も人気は低迷したままラインナップは廃止、今では幻のクルマになってしまったのです。名車という評価もないので、現存するクルマもほとんどないでしょう。

その一方ライバルであったトヨタレセルシオは、国内だけでなく海外でもレクサスLSとして大ヒット! ベンツやBMW、ジャガーなどを脅かすほどの存在になり、高級セダンとして世界的にも確かな地位を確立しました。

その差はやっぱりグリルのせい!? それが全てというわけではありませんが不人気となってしまった一つの要因にグリルレスデザインがあった可能性が高いでしょう。

もしかしたら、はじめからフロントグリルがあるデザインでQ45が発売されていたら今とは違った結果だったかもしれません。

では、フロントグリルがないとクルマはやっぱり売れないのか、というと、全てがそのようなわけではありません。インフィニティQ45以降にも同じ日産のR32スカイラインホンダのプレリュードなどは人気車になりましたし、スポーツカーやクーペ、オープンカーなどは世界的にもグリルレスが当たり前です。

ただ高級車や大型の車輌にはやはりグリルが求められるようです。それは最近の国内でのミニバン人気車などを見てもよく分かります。

機能は二の次、年々面積が拡大!
人気の大型ミニバン

以前ほどではありませんが日本国内では相変わらずミニバンが人気です。中でもトヨタのアルファード/ヴェルファイア、そしてスクァイアといった背の高いボックス型のミニバンが売り上げを伸ばしています。これら3車種の共通する大きな特長が、そのフロントグリルのデザインです。

とにかく大きく立派で派手。そして何よりもフロントグリルのデザインが特長的です。面積がとにかく大きく、メッキでギラギラと輝き、まさにゴージャス。ルームミラーにその大きな顔が映ると、思わずひるんでしまうほどその表情の存在感が抜群です。そんな高級感あるフロントデザインが市場で受けているようです。

他のメーカーにも同じようなライバルミニバンがラインナップされています。日産のエルグランドやセレナ、ホンダのオデッセイ、ステップワゴンなどです。

かつてはこれらライバルがトヨタのミニバンと共にしのぎを削っていました。しかし、エルグランドもステップワゴンも車高を低くし運動性能を高め、かつデザインも分かりやすいゴージャスさより品のよい高級感を求めた結果、残念ながら人気を落としてしまいました。この結果を見る限り、日本のミニバンオーナーたちは、ミニバンのフロントグリルに対して、よりゴージャスなものを求めているということなのでしょう。

そのようなニーズを捉え、モデルチェンジごとにグリルデザインを豪華にしているトヨタはさすがといえますね。

本来フロントグリルは、ラジエターグリルという機能性パーツでした。でも今はその機能自体が必須というわけでもありません。また、EVになればそれは益々必要のないものになるでしょう。しかし、機能としては不用でもデザインとしてはなくてはならないもの、多くの自動車オーナーがそう思っているのではないでしょうか。そう考えると、これからもなくなる事はないきっとないはずです。

例えば日産のEVであるリーフは元々グリルレスでした。ラジエターもないのでいらないからですね。しかし最新の車輌では必要のないはずのフロントグリルがしっかりと装着されています。また、テスラなども小さいですがフロントグリルがあります。やはりそのほうがやはり立派に見え高級感も感じられ、多くの人に受け入れられやすいということなのでしょう。

特にボディの大きな車種だとアクセントとしてフロントグリルがないとバランスを取るのが難しいのかもしれません。機能パーツとしての役割は徐々に失っていっても、どうやらデザインのアクセントとしてフロントグリルは今後も重要なパーツとして生き残っていくようです。

しかし、筆者としては、かつてのQ45のようなグリルレスの高級車といったチャンレンジングなクルマも是非見てみたい気がしますね。