先日、隣国で「国内に尿素水の在庫がない!物流の大混乱が起きる!」と大騒ぎとなったニュース、皆さんは覚えていますか。というか今このコラムを読まれている時点でまだまだ続いているのでしょうか。

あまり興味のない人からすると、「尿素水がないとなんで物流が混乱するのだろう?」、「尿素水という言葉自体このニュースで初めて聞いた」なんて方の方が多いかもしれませんね。

でもこの尿素水とはいったいなんなのでしょうか。どうやらクルマに必要なモノであるというのは、ニュースの見出しなどからもわかりますが詳しくはどうもわからない。尿素水っていったい何で、どうしてこれがなくなると物流が大打撃を受けるのか。

そこで、今回はその尿素水にスポットを当てどのようなもので、なぜクルマに必要なのか。またどうやって作っていて、今回なぜ、隣国で大ニュースになっているのに、日本では混乱がなかったのかを解説します。

次世代ディーゼルエンジンに欠かせない?
なんで尿素水(アドブルー)が必要なのか

まず尿素水はなんなのかから説明しましょう。ニュースなどで取り上げられている韓国で品薄となっているとニュースで取り上げられた尿素水とはアドブルー(AdBlue)と呼ばれるディーゼルエンジンが排出するNOx(窒素酸化物)を、水と窒素に変えるために使われる高品位尿素水のことです。

この尿素水を作るために必要な尿素とは、有機化合物の一種で無色無臭の結晶です。その名前からもわかるように、尿素は私たち動物の尿にも含まれているもので、アンモニアと炭酸ガスを加熱加圧して化合し製造されています。

そして、そのアンモニアの原料としては使われているのが天然ガスや石炭などです。これらからアンモニアを製造し、アンモニアと炭酸ガスに使って大規模プラントなどで尿素は製造されています。

尿素は肥料や化粧品などの原料としての需要も高いのですが、近年は次世代クリーンディーゼルエンジンエンジンに欠かせないものとなっています。ガソリンエンジン車やEVなどに乗られていると、あまり身近なものではないですが、仕事などでディーゼルエンジンを積んだトラックにお乗りであればきっとおなじみのはず。

アドブルーを使ってどのように
排気ガスをクリーンにしているのか

次世代ディーゼルエンジンには、このアドブルーが欠かせません。理由は排気ガスをクリーン化するためにです。そして、そんな高品位尿素水であるアドブルーを使用したディーゼル排気ガスのクリーン化装置が「尿素SCRシステム」とよばれるものです。

その装置の仕組みですが、まず尿素SCRシステムは、ディーゼルエンジンの排気システムの途中に組み込まれています。そして、排気ガスがその尿素SCRシステムを通過する際に、尿素水を噴射することで排気ガス内に含まれる有害物質の窒素酸化物(NOx)をアンモニア(NH3)と化学反応させるのです。そして、窒素酸化物(NOx)を、大気に無害な窒素と水に分解してクリーンな排気として排出するというわけですね。

窒素酸化物(NOx)は、高温でものが燃えるときに発生する窒素の酸化物の総称。一酸化窒素(NO)や二酸化窒素(NO2)などのことなのですが、このうち二酸化窒素(NO2)は温室効果ガスの一つであって、これは近年特に世界的に問題とされているものです。聞いたことがあるでしょう。

窒素酸化物は環境に問題があるだけでなく人体に対しても有害なもので、呼吸器に好ましくない影響を与えるとされています。ですから、ディーゼル車は尿素SCRシステムを使って排気を分解してできるだけクリーンにしないといけないのです。

ただし、尿素SCRシステムに必要なアンモニアは、そのままの状態では取り扱いが難しく危険です。それに、ご存じだと思いますが臭いもきつい。アンモニアのままクルマに搭載しておくのは非常に都合が悪い。そこで、高品位尿素水(アドブルー)の形でクルマのタンクに貯蔵しているわけです。

ディーゼルエンジンが主流のトラックは
アドブルーがないと走ることができない

今韓国で不足しているという尿素とは、このようなディーゼルエンジンの排気をクリーンするために必要な高品位尿素水(アドブルー)を作るための原料です。次世代クリーンディーゼルエンジンを搭載したクルマはこれが必須で、このアドブルーがないとディーゼル車は走行することができません。

ディーゼルエンジンは本来、燃料である軽油があれば動く物ですが、次世代クリーンディーゼルエンジンの場合は、高品位尿素水であるアドブルーが切れた状態だと、有害な排気を垂れ流してしまうことになるため法を見満たさなくなる、ということからアドブルーが空の状態だとエンジンが始動できなくなるように制御されています。

つまり燃料が十分にあってもアドブルーがないとクルマが始動しない、つまり使えないのです。それなのに今韓国の国内には、必要なアドブルーの在庫が1~2か月分しかストックがないというのです。対処しないと物流が止まってしまう! 大問題だ! というわけなのです。

ガソリンエンジンやEVにはもちろんアドブルーは必要ありません。必要なのはディーゼルエンジン車のみです。ディーゼルエンジン車というと乗用車ではすっかり少なくなりましたが、物流を支えているトラックでは未だに主流。なのでかかせません。

でも、なぜトラックにディーゼルエンジン車が多いのか。それはディーゼルエンジンが低速トルクに優れ重い荷物を運ぶトラックに適しているうえ、燃料費がガソリンよりも安くて燃費もいいから。さらにディーゼルエンジンは頑丈にできているため耐久性に優れているので何十万キロも走るトラックにはぴったりなのです。

物流を支える大事な役割を持っているそんなトラックが、韓国ではもしかしたら2カ月後には動かせなくなる事態が起こるかもしれない、ということで、今、日本でも大きなニュースになっているのです。

韓国では大混乱なのに
日本ではさほど混乱が起きていない理由

でも、韓国でそんなに大騒ぎになっていて、日本でも盛んに報じられれているわりに、日本では尿素水不足による混乱は起きていませんね。それはなぜなのでしょう? 簡単です日本は韓国と違って国内で尿素が生産され、高品位尿素水が作られているからです。その量は需要に対して8割ほど。尿素は海外からも輸入していますがそれは残りの2割です。

それに対して韓国は尿素水の原料である尿素のほとんどを海外(中国)からの輸入に頼っています。その量はなんと全体の97.6%。以前は韓国でも尿素の生産が行われていたのですが、価格競争で中国からの輸入品に負けたことで国内での製造がほぼ行われなくなってしまった。結果中国だよりとなってしまった。

それなのに、尿素の原料の輸入元である中国が、尿素の輸出を事実上制限したことで韓国では尿素水が作れなくなってしまったのです。だから国内の在庫が品薄になり、大混乱&高騰となっているのです。

でも、なぜ中国が韓国への尿素の輸出を制限したのか。それは中国国内での石炭不足が原因とされています。前述したように尿素の元なるアンモニアは石炭や天然ガスなどの化石燃料が使われていますが、中国はその石炭をオーストラリアから輸入していました。

しかし、中国とオーストラリアとの間で外交問題が生じて石炭が輸入できなくなってしまったのです。石炭は尿素の原料であるアンモニアを得るためだけでなく発電のためにも使われています。中国国内では石炭不足による電力供給にも問題が発生する事態となり、国内の石炭は発電に回されます。とてもではありませんが、石炭を原料とした尿素を他国に輸出できる余裕はない、となって、輸出が滞り韓国で尿素水が作れなくなってしまったというわけです。

そして、現在韓国国内では尿素水の極端な供給不足によってアドブルー(ディーゼルエンジン用の高品位尿素水)の価格が10倍にまで高騰しているとされています。なんと10Lで1万円以上というから驚きです。

日本では尿素水不足は起きていないのに
なぜかアドブルーの価格が高騰?

日本では尿素水の原料となるアンモニアを国内で製造しています。さらに尿素の輸入には中国を頼っていない。また、トラックに関しても韓国はディーゼルエンジン車の比率が極端に高いのに対して日本ではそうではありません。小型のトラックはガソリンエンジン車も数多く使われている。ということで尿素水(アドブルー)品薄による物流の混乱もそもそも起きにくいのです。

加えて、乗用車に関しても日本ではディーゼル車は少数派です。現在新車で販売されているディーゼル乗用車はトヨタ車の一部とマツダ車くらいで、ヨーロッパのようにディーゼルエンジンの乗用車は多くはありません。その点でも尿素水不足による国内の自動車市場では混乱は起きにくいのですね。

だったら品薄になっている韓国に尿素を輸出すればいいのでは? とも思えますが、日本国内でも尿素は製造されているとはいえその量は全体の8割ほど。2割は輸入に頼っているので韓国に輸出するだけの余裕はありません。それに国内の物流業界でもアドブルーは欠かせない。簡単に譲ってあげればいいとはなりません。

とりあえず日本国内では今回の尿素不足による大きな混乱はまだ起こっていません。ただ、まったく影響がないかというとそんなこともないようです。今ネットで検索してみましたが、どうやらネット通販では今、アドブルーがとんでもなく高騰しているようです。韓国ほどではありませんが、その価格は従来の3~4倍!

ご存じない方も多いと思いますが、アドブルーは街中のカー用品店でも購入できますし、ネット通販でも普通に購入できるものです。そもそもアドブルーは特に有害なものではなく、ガソリンなどのように危険でもないため、普通にAmazonや楽天などネット通販でも購入が可能だったのです。

でも、今、国内でもどうやらかなり品薄になっているようです。韓国ほどではないですがかなり高騰しています。といってもそれはあくまで普通に我々が購入できる一般市場向けにかぎってですが。

どうやら、韓国のディーゼルエンジン車のユーザーや、物流関係者が韓国国内で買えないなら日本から輸入しよう! と、日本のネット通販を使ってアドブルーを購入しているからのようです。通常の輸入ルートでは手に入らないのなら、割高となっても日本からの個人輸入で何とかアドブルーを入手しようとしているということなのでしょう。

また、韓国の高騰を受けて、いわゆる転売ヤーが暗躍しているといううわさもあります。転売ヤーがアドブルーをターゲットとして買い占めをして、それを韓国の消費者向けに高値でさばいているということのようです。

そのせいで日本国内のアドブルーが高騰してしまっているのはちょっと困りもの。とはいえあくまでこれらは一般市場での話です。業務用に大量に購入している国内の物流業界では今のところ特にアドブルー不足による混乱も起きていないようです。

またベンツやBMWなどのディーゼル車にお乗りの方も、ディーラーにいけば普通に手に入るはず(転売ヤーにアドブルーの大量販売などは行わないでしょうから)なので、そちらで購入すればよいでしょう。

韓国の尿素不足による混乱や
価格高騰の鎮静化はまだまだ先かも

韓国の尿素水、アドブルー不足はどうやらまだまだ鎮静化される様子がありません。もともと中国での石炭不足が発端なので、中国国内での石炭不足が解消されないと、アドブルーの価格が従来のレベルにまで戻るのは簡単ではないでしょう。

その影響は徐々にですが日本にも波及しつつあります。日本から韓国へ尿素水を本格的に輸出するという形にはなっていませんが、個人輸入量は確実に増加しています。それが原因で国内のディーゼル車ユーザーがアドブルーを買えなくなってしまうのは困りますね。

また何かと問題の転売ヤーの暗躍も見逃せません。アドブルーはゲーム機などのようにホビーアイテムではなく、物流を支える生活必需品です。今後は購入に関して何らかの規制が入るかもしれません。

くれぐれも皆さんは、「高騰しているならアドブルーを手に入れて高値で売りさばこう!」ようなんて気は絶対に起こさないようにしてください。お願いします。